veu point!

おもしろい!と思ったことをあれやこれや記事にしてみます!

ふと根源を考えたくなり。

はじめに、神が天と地を創造した。(創世記一章一節)

創世記の始めの一節、つまり、聖書の始めの一節は、この一文から文字通り、世界を描き出す。

ユダヤ教キリスト教イスラム教は、数ある宗教の中でも、一神教と呼ばれ、多神教という考え方と対比される。

一神教とは、つまり「神」と呼べる存在は唯一である、というものだ。
「いろんな神々がいる中で、とある一人の(人じゃないけど)神が、この宇宙を創造した」ということでもない。
The Godは絶対の存在である。

人間社会に対するユダヤ教の教えの何たるか、とか、同じくキリスト教イスラム教の教えの何たるか、という議論がされる以前に、まず世界とは何ぞ、という前提・前置きがなされるのだ。

この記事では、「宇宙の始め」ってどんなんだったの、という素朴な好奇心をくすぐる材料として、聖書の一節を引っ張ってきた。
人間についてかくあるべき、と語り出す前の段階にも聖書は言及しているのだ。
(とはいえ読み進めてゆくとすぐに人間に対する神の命令が下されるのだが。笑)

すべての始まりの前に、まずThe Godは存在していた、という概念が脳内に形成される。
「The Godの、さらにその前の存在は?」と考え始めてもそこから先に進めなさそうだ。

The Godという絶対存在が、天と地を創った。天と地、つまり宇宙の万物を創った。
時間、空間も、The Godの創造物。
万物以前に「いた」とされるThe Godは、「万物」の中に入らない。ということは、「万物」とは、「The God以外のすべて」という定義がなされる。そして自動的に、The Godは時間外で存在可能というわけだ。
時空を越えた存在、それがThe God.

しかしこの一文を読んだだけでは、この神が唯一の存在であることは確定できまい。
二節で、「神とは、実は集合体であり、A神、B神、C神、D神、E神が合体した姿である」と続くかもしれない。

創世記の記者が、この「創造神」を唯一絶対の存在として記している様子は間もなく明らかになる。


「はじめに、神が天と地を創造した」


世の中にはありとあらゆる物語があるが、
聖書以上に「大きく出たなっ!」と思わせる書き出しは見つかるまい。

これ以上ないスケールで描き始めた物語は果たして収集がつくのか!?
いったいどんなドラマが始まり、そして結末を迎えるというのだろうか。

ネスレコードのベストセラー書籍は聖書である。
長い年月をかけて人々の暮らしに多大なる影響を及ぼしてきた聖書。

キリスト教の神父や牧師を介すれば、聖書について、整った全体図や体系を得ることができるだろう。
しかしその解釈には、彼らが意識的にか無意識的にか、彼らの属する組織の恣意が込められているのではないか、と懸念を広げてしまう。
素朴に聖書に興味を持つ者であっても、まったく、そのことをビビってしまうわけだ。
予備知識なしで臨む聖書はどうなるか。

神とは何者なのか。人間とは何者なのか。
聖書は我々に何を語るのか。